命を守るケイツーシロップ ~予防の効果と知られざる製造の苦労~

赤ちゃんが生まれてすぐに飲むことになる“ケイツーシロップ”。
一見するとただのシンプルな液体薬ですが、その背後には、非常に繊細で複雑な製剤技術、そして多くの人々の知恵と努力が込められています。
SNSなどで安易に否定されることもあるこの薬が、なぜ必要とされ、どれほどの工夫によって成り立っているのかを見ていきましょう。
新生児にビタミンKが必要な理由とは?
新生児は、生理的にビタミンKが欠乏しやすいという特徴を持っています。これは、胎盤からのビタミンKの移行が非常に少なく、出生時点での備蓄量が乏しいこと、さらに母乳中のビタミンK含量も少ないことが原因です。
このような背景により、ビタミンKが不足したままだと、ビタミンK欠乏性出血症という重篤な出血性疾患を発症するリスクがあります。特に、早期新生児期を過ぎた乳児に見られるケースでは、頭蓋内出血など命に関わる重大な転帰を招く恐れがあるため、予防が非常に重要です。
このリスクを防ぐため、日本小児科学会のガイドラインには、合併症を持たない正期産新生児への予防投与について、以下のように記載されています。
わが国で推奨されている3回投与は以下のとおりである。
①第1回目: 出生後、 数回の哺乳によりその確立したことを確かめてから、 ビタミンK, シロップ1ml (2mg) を経口的に1回投与する。 なお、ビタミン
K,シロップは高浸透圧のため、滅菌水で10倍に薄めて投与するのもひとつの方法である。
②第2回目 生後1週または産科退院時のいずれかの早い時期に、 ビタミンK,シロップを前回と同様に投与する。
③第3回目:1か月健診時にビタミンK2シロップを前回と同様に投与する。
④留意点等
(1)1か月健診の時点で人工栄養が主体(おおむね半分以上)の場合には、それ以降のビタミンK2シロップの投与を中止してよい。
(2) 前文で述べたように、 出生時、 生後1週間 (産科退院時) および1か月健診時の3回投与では、 我が国およびEU諸国の調査で乳児ビタミンK欠 乏性出血症の報告がある。 この様な症例の発生を予防するため、 出生後3か月までビタミンK,シロップを週1回投与する方法もある。
(3) ビタミンKを豊富に含有する食品 (納豆、 緑葉野菜など) を摂取すると乳汁中のビタミンK含量が増加するので、 母乳を与えている母親にはこれ らの食品を積極的に摂取するように勧める。 母親ヘビタミンK製剤を投与する方法も選択肢のひとつであるが、 現時点では推奨するに足る十 分な証左はない。
(4) 助産師の介助のもと、 助産院もしくは自宅で娩出された新生児についてもビタミンK2シロップの予防投与が遵守されなければならない。
このような予防投与法が全国的に普及した結果、乳児のビタミンK欠乏性出血症の発症率は著しく低下しています。
添加剤なくして成り立たない剤型
ケイツーシロップの主成分であるビタミンKは脂溶性で、水に溶けず均一に混ざりにくいという性質があります。そのままでは飲みやすいシロップ剤にはできないため、ここで重要な役割を果たすのが「添加剤」です。
乳化剤の絶妙なバランスで乳化させ、可溶化剤で安定化させることで、赤ちゃんにも飲みやすい形状のシロップとして仕上げられています。
SNSなどでしばしば悪者扱いされがちな「添加剤」ですが、ケイツーシロップではむしろ不可欠な存在です。その安全性や使用量は慎重に検討されたうえで採用されており、「赤ちゃんに確実に、かつ安定してビタミンKを届ける」ために、科学的根拠に基づいて設計された重要な構成要素なのです。
非効率で利益も出ないのに作り続ける理由
ケイツーシロップは、甘味を加えた小分けのシロップ剤という特殊な剤型を採用しています。これは新生児に安全かつ確実に一定量を投与するために選ばれたものですが、その分、製造には多くの課題があります。
まず、脂溶性成分は製造設備や器具にこびりつきやすく、洗浄が困難です。また、ビタミンKは光によって分解されやすいため、遮光処理が必要で、取り扱いも非常に慎重を要します。加えて、小分け包装には専用の包装ラインが必要で、他の製品への転用がほとんどできません。
これにより、生産効率は非常に悪く、製造コストは高いにもかかわらず利益はほとんど出ないという、経済的に非常に厳しい製品となっています。
それでも、製薬企業であるエーザイは40年以上にわたりこの製品を販売し続けています。
そこには、臨床現場の声を尊重し、必要な薬を必要な人に届けるという、企業としての使命感があります。
この小さなシロップには、現場の要望、技術者の知恵、そして利益を度外視した社会的責任が、静かに、しかし確かに込められているのです。






