なぜ酒に酔うと記憶が飛ぶのか?アルコールが脳の神経伝達に与える影響を解説

「気づいたら家にいた」「昨日の記憶がまったくない」――お酒の失敗談によくある“記憶が飛ぶ”現象。
これは単なる「酔いすぎ」ではなく、脳の神経伝達が一時的に機能しなくなることが原因です。
この記事では、アルコールが脳のどの部分に影響を与え、なぜ記憶が途切れるのかを、科学的にわかりやすく解説します。
「記憶が飛ぶ」とは? ― アルコール性健忘の正体
お酒を飲んで記憶がなくなる現象は、医学的にはアルコール性健忘(alcohol-induced blackout)と呼ばれます。
これは、「脳に保存されなかったために思い出せない」状態です。
つまり、記憶が消えたわけではなく、最初から記録されていなかったのです。
この現象の主な原因は、アルコールが脳の記憶形成を担う“海馬(かいば)”の働きを麻痺させることにあります。
海馬の役割 ― 記憶を“保存”する司令塔
海馬は脳の側頭葉にあり、新しい情報を一時的に保存し、長期記憶へと整理する重要な器官です。
普段は、私たちが経験した出来事が海馬で「短期記憶」として整理され、それが睡眠中などに「長期記憶」として定着していきます。
しかしアルコールを摂取すると、この海馬の神経活動が抑制され、記憶を“記録する”プロセスそのものがストップします。
その結果、「その瞬間の出来事が脳に保存されない」=記憶が飛ぶという状態になるのです。
アルコールが神経伝達を乱すメカニズム
アルコールは脳内の神経伝達物質のバランスを大きく変えます。主な影響は以下の2つです。
① GABA(ガンマアミノ酪酸)を強化する
GABAは「抑制性」の神経伝達物質で、脳をリラックスさせる働きを持ちます。
アルコールを飲むとこの作用が強まり、思考や判断が鈍くなる・眠気が出るといった効果が現れます。
② グルタミン酸の働きを抑える
グルタミン酸は「興奮性」の神経伝達物質で、記憶や学習を助ける役割があります。
アルコールはこのグルタミン酸を抑制するため、海馬での情報伝達が一時的に遮断されてしまうのです。
この2つの作用が同時に起こることで、脳全体の活動がスローダウンし、“酔って楽しいのに記憶が残らない”状態になるわけです。
「断片的に覚えている」理由
完全に記憶が消えるケースもありますが、「一部だけ覚えている」ことも多いですよね。
これは、アルコールの濃度や脳への影響が時間や場所によってムラがあるためです。
- 酔いの初期 → 海馬の活動がまだ保たれ、断片的に記録される
- 酔いのピーク → 神経伝達が途絶し、記録がストップ
- 酔いがさめたあと → 記憶の“つなぎ目”が欠けた状態になる
つまり、記憶が「部分的に飛ぶ」のは、録画ボタンがオン・オフを繰り返していたような状態なのです。
一晩寝ても思い出せない理由
酔っていたときの出来事を、翌朝どんなに思い出そうとしても無理な理由――
それは、脳にその記憶が存在しないからです。
アルコール性健忘では、「記憶を呼び出す」能力ではなく、「記憶を作る」機能自体が止まっています。
そのため、寝て記憶を整理する過程でも再生できる情報がそもそもないのです。
飲み方で変わる ― 記憶が飛びやすい条件
研究によると、以下の条件で記憶が飛びやすくなります。
- 短時間に大量のアルコールを摂取したとき(いわゆる“一気飲み”)
- 空腹時に飲酒したとき(アルコールが急速に吸収される)
- 睡眠不足やストレスで脳が疲れているとき
- 体格が小さい・肝機能が弱いなどでアルコール分解が遅い人
特に「短時間で酔う」状況では、血中アルコール濃度が急上昇し、海馬の機能を一気に麻痺させてしまいます。
まとめ:記憶が飛ぶのは「脳が録画を止めた」状態
お酒で記憶が飛ぶのは、脳が壊れたわけでも、思い出せないだけでもありません。
アルコールが海馬に作用して、記憶を作るプロセスを一時停止させているのです。
- GABAの作用で脳がリラックスしすぎる
- グルタミン酸の活動が抑えられ、海馬が機能不全になる
- 結果、記憶が“保存されない”
つまり、酔って記憶がなくなるのは「脳が安全装置として一時的に録画を止めた」ような状態。
楽しく飲むには、脳のキャパを超えない量で止めることが、最も効果的な“防衛策”といえるでしょう。