なぜ案内放送は女性声が多いのか?周波数帯と聞き取りやすさ
駅や空港、デパートなどで流れる案内放送の多くが女性の声であることに気づいたことはありませんか?
偶然ではなく、そこには人の聴覚特性と音響設計に基づく明確な理由があります。
今回は、案内放送が女性声中心で設計されている理由を、音の物理と人間の感覚から解き明かします。
女性声の周波数帯は“明瞭度”が高い
一般的に、人の声の基本周波数(ピッチ)は
- 男性:およそ120〜180Hz
- 女性:およそ200〜300Hz
の範囲にあります。
案内放送が行われる空間――駅構内、空港、商業施設――では、
空調音・人の話し声・足音・車両音などが低〜中音域(100〜1000Hz)に集中しています。
そのため男性の声はこれらの雑音と音域が重なって埋もれやすいのです。
一方で女性の声は中高音域にあり、
騒音の「隙間」を突いて届くため、明瞭で聞き取りやすい。
これは“聴覚マスキング”と呼ばれる現象の逆手を取った設計です。
声の“子音成分”が聞き取りやすい
案内放送では、音の高さよりも「言葉の明瞭さ」が重要です。
日本語では、言葉の聞き取りに寄与するのは母音よりも子音の高周波成分(2〜4kHz帯)。
女性の声はこの帯域に自然なピークを持っているため、
「き」「し」「ち」「つ」といった音がはっきり区別できるのです。
その結果、同じ音量でも女性声のほうが情報伝達効率が高いというわけです。
機器スピーカーとの“相性”も良い
公共放送用スピーカーは、広範囲に音を届けるために
低音が出にくい小口径スピーカーが多く使われています。
男性の声は低音成分が強いため、このようなスピーカーではこもって聞こえる傾向があります。
一方、女性の声は中高音が中心なので、
スピーカーの特性とマッチし、クリアな再生がしやすいのです。
騒がしい環境下で“距離減衰”が少ない
低音は遠くまで届きやすいものの、方向感がぼやけやすく、
高音は減衰しやすいものの壁や床の反射で空間内に拡散しやすいという特徴があります。
そのため、建物内では高めの声のほうが方向感があり、聞こえる範囲も安定します。
実際、鉄道駅などでは、300〜350Hzを中心にした女性声+EQ補正が一般的に採用されています。
心理的にも“柔らかく、安心感がある”
人は高めの声に対して「注意喚起」や「親しみ」を感じやすい傾向があります。
女性声の案内放送は、
- 注意喚起では耳に残る
- 案内では穏やかで不安を与えない
という聴覚心理学的なバランスを取ることができるのです。
特に空港や駅などでは、緊張しやすい利用者に安心感を与える効果もあり、
情報伝達+心理的ケアの両立を意図した選択でもあります。
男性声が使われる場面もある
もちろん、すべての案内が女性声というわけではありません。
緊急放送・避難誘導・警告アナウンスなどでは、
低音で威圧感のある男性声が使われることもあります。
これは、低音の持つ「重み」や「緊迫感」が、
注意を即座に引きつける性質を持つためです。
つまり、用途に応じて男女の声が使い分けられているのです。
まとめ
案内放送に女性声が多いのは、
周囲の騒音と重ならない周波数帯で、言葉が最も明瞭に聞こえるからです。
さらに、心理的にも柔らかく、スピーカー再生に適した音域であることが評価されています。
その一声には、音響工学・心理学・設備設計の最適化が詰め込まれているのです。
