なぜ非常階段の手すりは“冷たくない”ことが多いのか?素材選定と避難時の安全設計
 
										冬でも非常階段の手すりを握ったとき、意外と「冷たくない」と感じることがあります。
金属のはずなのに、なぜこんなに温度差を感じにくいのでしょうか?
実は、非常階段の手すりには避難時の安全と人の生理反応を考えた設計上の工夫が詰まっています。
この記事では、非常階段の手すりが冷たく感じにくい理由を、素材・構造・人間工学の観点から解説します。
理由①:金属そのものが“冷たく感じにくい素材”でできている
一般的な非常階段の手すりは、ステンレスやアルミなどの金属が多いものの、
すべてが同じ「金属の冷たさ」を持っているわけではありません。
中でも多く使われているのがステンレス(SUS304など)。
ステンレスは鉄やアルミに比べて熱伝導率が低いため、
手の体温が奪われにくく、結果として「冷たく感じにくい」のです。
| 素材 | 熱伝導率(W/m・K) | 冷たさの感じやすさ | 
|---|---|---|
| アルミ | 約237 | 非常に冷たい | 
| 鉄 | 約80 | 冷たい | 
| ステンレス | 約16 | 比較的あたたかい | 
| 樹脂(PVCなど) | 約0.2 | ほとんど冷たくない | 
このように、同じ金属でも熱の伝わりやすさが全く異なるため、
手触りの快適性を考えるなら、ステンレスが最適なのです。
理由②:表面に“コーティング”や“樹脂カバー”が施されている
寒冷地や公共施設では、手すり表面に樹脂カバーや塗装層を施すことがあります。
これにより、金属と手の間に断熱層ができ、熱が逃げにくくなります。
よく使われる処理には次のようなものがあります:
- 樹脂コーティング(PVC・ナイロン):滑りにくく、断熱性が高い
- 粉体塗装(ポリエステル系):耐候性と防錆を両立
- 木目調樹脂カバー:屋外でも温かみのある質感
これらの加工は見た目のデザインだけでなく、避難時に素手でも安全に握れる温度を保つための工夫でもあります。
理由③:避難時の“人間の反応速度”を考慮した設計
非常階段は、火災や地震などの緊急時に素手で使う可能性が高い設備です。
そのため、手すりが極端に冷たいと、
- 反射的に手を離してしまう
- 握力が低下して転倒につながる
 といった危険が生じます。
設計段階では、JIS(日本工業規格)や建築基準で
「避難行動を妨げない温度・形状」が求められています。
たとえばJIS A 1179などでは、
手すりの形状・滑り抵抗・握りやすさに加えて、体温低下を防ぐ工夫も考慮されています。
理由④:屋外環境に合わせた“温度変化対策”
非常階段は屋外にあるため、
直射日光・雨・風・雪など、温度変化の激しい環境にさらされます。
そのため、
- 熱膨張しにくい素材(ステンレス・塗装鋼)
- 結露しにくい表面処理
- 低温でも滑りにくい加工
などが施されています。
これにより、手すりが“環境に左右されにくい安定した触感”を保てるようになっているのです。
理由⑤:心理的にも“冷たく感じにくい色と質感”
人の温度感覚は、実際の温度だけでなく視覚や質感にも左右されます。
たとえば、
- 光沢のある銀色よりもマットなグレーや木目調のほうが温かみを感じる
- 表面がツルツルよりもわずかにザラついた手触りのほうが温度を感じにくい
といった心理的効果が知られています。
そのため、非常階段の手すりも、
心理的にも「冷たく見えない・感じない」デザインが採用されているのです。
まとめ:冷たくない手すりは“避難のための優しさ”
非常階段の手すりが冷たくないのは、
- ステンレスなど熱伝導の低い素材を使っている
- 樹脂コートや塗装で断熱している
- 避難時の安全性・握りやすさを重視している
- 視覚的・心理的な快適性まで考慮されている
という、人の安全と快適性を両立した設計によるものです。
つまり、「冷たくない」は偶然ではなく、
“非常時でも安心して掴める”ための計算されたデザイン。
何気なく触れる手すりにも、人の命を守る建築設計の知恵が込められているのです。

 
																											 
																											 
																											 
																											 
																											