なぜ葛餅とわらび餅は似て非なるのか?原料と名前の錯綜
ぷるんとした透明感、きな粉と黒蜜——。
見た目はそっくりな「葛餅」と「わらび餅」ですが、実は中身はまったくの別物です。
なぜこの二つは似た存在になり、しばしば混同されるようになったのでしょうか?
その理由は、原料の違いと地域ごとの“名前の使われ方”の錯綜にあります。
「葛餅」は2種類ある ― 関西型と関東型
まず注意すべきは、「葛餅」という言葉が地域によって意味が異なることです。
- 関西の葛餅:葛(くず)の根から取ったでんぷん=「本葛粉」を使った透明な和菓子
- 関東の葛餅(亀戸・川崎など):小麦粉を発酵させて作るもちもちタイプの発酵菓子
つまり、同じ「くずもち」でも原料がまったく違うのです。
関西では「葛=植物の根」、関東では「葛=発酵小麦デンプン」。
この二つが混同され、現在の“名前の錯綜”が生まれました。
関西の葛餅 ― 本葛粉による“純和風ゼリー”
本葛粉は、葛の根をすりおろし、水にさらして沈殿させたでんぷん。
非常に透明度が高く、加熱すると滑らかで弾力のある食感になります。
奈良や吉野地方が本場で、「吉野葛」として古くから薬効食品としても利用されました。
このタイプの葛餅は、冷やして食べると瑞々しく、喉ごしの良い上品な味。
まさに“和のゼリー”と言える存在です。
関東の葛餅 ― 小麦デンプンの発酵食品
一方、東京・川崎・船橋などで食べられる葛餅は、
小麦粉を水にさらしてグルテンを除き、沈殿したでんぷんを数日〜数か月発酵させて作ります。
これを蒸すことで、もっちりとした半透明の食感になるのが特徴。
この発酵過程によって独特の酸味と風味が生まれ、
「小麦デンプンの発酵もち」=関東の葛餅として定着しました。
特に亀戸天神や川崎大師の土産が有名です。
わらび餅 ― 山野の根が生んだ“自然派デザート”
わらび餅の原料は、シダ植物のワラビの根から取れるでんぷん(わらび粉)です。
採取できる量が少なく希少なため、昔から高級和菓子の原料とされてきました。
ただし現代の「わらび餅」の多くは、
本物のわらび粉ではなく、さつまいもやタピオカなどの代用でんぷんを使用しています。
それでもプルンとした食感と透明感が似ているため、
葛餅との違いが分かりにくくなっているのです。
なぜ混同されるのか?
混同の最大の理由は、見た目と食感の類似です。
どちらも透明・弾力・冷菓・きな粉+黒蜜という共通点を持ち、
食べるシーンも季節もほぼ同じ。
さらに、関東の「発酵くずもち」は見た目がわらび餅に近く、
「葛」と「餅」という言葉が両方に含まれているため、
名前の印象だけで誤認されやすいのです。
名前の錯綜が生んだ“地域の味覚差”
関西では「葛=植物性の上品な和素材」、
関東では「葛=発酵小麦の素朴な庶民菓子」。
このように、同じ「くずもち」という言葉でも、
地域ごとに原料・文化・味覚のイメージが異なるのが面白いところです。
実際、旅行者が「関東で食べた葛餅が違う!」と驚くのもこのため。
まとめ
葛餅とわらび餅が似て非なるのは、
原料(葛粉・小麦粉・わらび粉)と製法の違い、そして地域の言葉のズレによるものです。
関西の葛餅=植物の澄んだ甘味、
関東の葛餅=発酵の旨味、
わらび餅=山の香りと素朴な弾力。
同じように見える透明な菓子の中には、
日本の風土と食文化の多層的な“透明な歴史”が隠されているのです。
